ナイキショップ
「ナイキショップに寄っていかないか?」
高架鉄道の駅に向かう途中、彼女に聞いてみる。
「ううん、行きたくない」
彼女は立ち止らずに歩き続ける。ナイキショップの前を通り過ぎる。
「どうしてだよ」
「ここの店員は人をバカにしてるから」
以前、僕がナイキのスニーカーが欲しくてこの店に来た時のことを思い出す。
なかなか、どれにしようかが決まらず、何度も何度も試し履きをした。店内を何周もした。
その様子をお店の人は不機嫌そうに眺めていた。トーンダウンした僕らは、結局何も買わずに店を出た。
その時から彼女はこの店に対して、嫌悪感を抱いている。
その時から随分と経っていて店員も変っているだろうが、感情はその時のままの様だ。
「でも、嫌な店員のために行動範囲を小さくするのは何だか嫌だな」
「違うの。このお店には近づかないほうが良い。きっと嫌なことが起きるから」
「何それ?」
「虫の知らせ、っていうのかな」
「何だよ、それ?」
「むかしの人は自然に忠実だった、ってこと」
「わけわかんないし」
「流れに逆らって生きても良いことなんてない、ってこと」
高架鉄道のホームへ続くエスカレーターが、空をふたつに分けている。
「結果がどうかなんて、やってみないと分からない。俺は逆らってみたいし、悪い結果ならそれも見てみたい」
「想像力が有るようで無いよ。崖から飛び降りればどうなるかなんて、簡単なことじゃない」
「俺は飛び降りてみたいと思うし、その先の人生に何が有るのかも見てみたい」
「無いわよ何も」
ホームには随分前に着いていた。何台もの車両が僕らに風を叩きつけていった。
当分、ナイキショップに行くことはないだろう。